賃借権と抵当権(短期賃貸借と明渡猶予制度)
第1 抵当権と賃借権の優劣
抵当権の実行による不動産の競売の場合に、その不動産の賃借人が競落人(買受人)に
対して賃借権を主張することができるか=賃借権を対抗できるか(つまり、競売の後も継続
して借り続けることができるか)という問題です。
なお、土地を含めるとやや複雑になるので、ここでは建物ということを前提に考えます。
これは、「対抗要件の先後」で判断されます。
つまり、賃貸借契約を締結して引渡しを受けた(鍵を受け取った)日と抵当権の設定登記が
された日と、どちらが早いかで決まる(早いほうが優先する)ということです。
賃貸借契約を締結して引渡しを受けたのが、抵当権の登記よりも早ければ、賃借人は
買受人に対しても賃借権を主張して従前と同様に借り続けることができます。
第2 短期賃貸借と明渡猶予
もし、抵当権の登記の方が早い場合には、原則として買受人に賃借権を主張できないことに
なります。ただし賃借人を保護するための例外的な制度もあります。
具体的には、まず、賃貸借契約の時期(最初に契約して借り始めた時期。更新は考えませ
ん。)が平成16年4月1日以降か、それよりも前(同年3月31日以前)かで場合分けします。
1 平成16年3月31日以前に契約締結した場合
ア 契約期間が3年以内であれば、「短期賃貸借」という制度の適用があります。
この制度は、買受人による代金納付(これにより所有権が移転します。)の時点
で、賃貸借期間に残存期間があれば、その残存期間内は賃借権を買受人に主張
できる、というものです。
♦ 競売の差押えの前に何度更新していても短期賃貸借の適用はあります。
→具体例のAC
♦ しかし、差押えの後の更新は、有効な更新であると買受人には主張でき
ません。
(つまり、差押え後に期間が満了すると、短期賃貸借としての保護は受けら
れません。この場合、引渡命令の対象になります。)→具体例のB
♦ 差押えの前に、法定更新により期限の定めのない契約となっていた場合
には、短期賃貸借として認められます。
ただし、あくまで買受人に主張できるのは「期限の定めのない契約」で
すから、買受後、買受人から解約の申入れをされると、6ヶ月間を経過す
ることにより賃貸借契約は終了します(東京高決平成13年6月22日)。
(この場合は引渡命令の対象にはなりません。)
♦ なお、債権回収目的の場合(東京高決昭和60.11.29)や執行妨害目的の場
合(東京高決昭62.12.21)には、短期賃貸借とは認められず、後述の明渡
猶予も認められません。
イ 契約期間が3年を超える場合には、「短期賃貸借」は認められず、次の「明渡猶予
制度」の適用になります。
また、上にも書きましたが、契約期間が3年以内であったが、差押え後、買受人の
代金納付前に、その契約期間が満了する場合も、短期賃貸借ではなく、明渡猶予制
度の適用になります。
2 平成16年4月1日以降に契約締結した場合
明渡猶予制度の適用になります。
買受人の代金納付(所有権取得)から6ヶ月間、賃借人は明渡しを猶予されます(つま
り、6ヶ月間は退去する法的義務はありません)。
逆にいいますと、賃借人は、買受けから6ヶ月以内に退去する法的義務があります。
なお、賃借人は、使用を継続する間は、賃料と同額を金銭を買受人に対して支払わなけ
ればなりません。もし、買受人から催告されても支払わないと、明渡しの猶予を受けられ
なくなり、直ちに明け渡さなければならなくなります。
当然ですが、「6ヶ月」は合法的に居続けることができる最長の期限ですから、6ヶ月
以内に退去するのは、賃借人の自由です。
第3 短期賃貸借・明渡猶予の場合の敷金
短期賃貸借として保護される場合には、敷金は買受人に引き継がれます。ですから、残りの
期間内で退去し、未払賃料や原状回復費用の賃借人負担部分を控除した残りの敷金は、買受人
(新所有者)から返還されることになるのです。
上記の通り、契約が平成16年4月1日以降の場合や、平成16年3月31日以前の場合で
も期間が3年以上だったり、3年以内であっても差押え後買受け前に期間が満了した場合に
は、短期賃貸借として保護されません。
明渡猶予制度により6ヶ月は退去しなくても良いのですが、この場合、短期賃貸借と異な
り、敷金は買受人(新所有者)に承継されません。したがって、競売を実行された前所有者
(前の賃貸人)に請求するしかありません(資力がなく、あまり返還されないケースが多いと
思います)。